2010年04月01日

「誰でも作家に」出版不況乗り越え、山梨ふるさと文庫200冊(産経新聞)

 甲府市の地方出版社「山梨ふるさと文庫」が通算200冊目となる本を近く発刊する。代表の岩崎正吾さん(65)が28年前に設立し、現在は社員2人という小さな出版社。「山梨のことは森羅万象、何でも分かる文庫」を掲げ、出版不況の中で幾多の経営難を乗り越えてきた。岩崎さんは「プロだけじゃなく、誰もが本を書ける。これをポリシーに本づくりをしてきた。ふるさと文庫の200冊がなければ世に出なかった本がたくさんある」と自負している。

 もともと本好きだった岩崎さんがふるさと文庫を興したのは28年前の夏、東京都内の百貨店で全国地方出版物フェアに立ち寄ったことがきっかけだった。地方出版の本が山と積まれた都道府県ごとのテーブルを見て回ったが、山梨のところはわずか5冊ほど。

 「会場の真ん中で座り込みたくなった。本は文化の根底。何とかしないと」とショックを受けた。友人30人ほどに声をかけ、自らも出資。集まった300万円でこの年の暮れに会社を設立した。

 200冊目は甲府市の楠祐子さんが家族の歴史や自分史を著した『父母からの贈り物』。200冊のうち約8割は著者が原稿を持ち込んできた作品といい、著者にとって唯一となる作品も少なくない。

 高校野球中継で活躍した元アナウンサーがつづった山梨の球児たちの記録、山岳紀行、元政治家による活動記…。風土や歴史、民俗、小説、エッセーなどと扱うジャンルは幅広く、岩崎さんは「山梨に文化の礎は築けたと思う」と話す。

 脳性まひのため手足、言葉が不自由で、わずかに動くあごでパソコンを使って記した詩やエッセー、旅行記をまとめた『慢性がまん症候群』(なとりきよみさん著)が特に印象に残っている一冊という。

 会社設立当初は書店を一軒一軒訪ね歩き、5冊、10冊と置いてもらった。しかし簡単には売れず、本づくりの大変さを思い知る。

 42歳のとき「どうせつぶれる会社なら」と、自身の著書「横溝正史殺人事件」を出版。新聞の読書欄で取り上げられて売れ行きが伸び、「首の皮一枚で会社が救われた」と振り返る。

 以来、作家として執筆にも力をそそぎ、その後の設立7周年で開いたブックフェアでは、書店に並んだ十数冊の本を見て「これだけ出せたんだ」と胸が熱くなった。「売れるより、つくる」と心に決め、本を出すという原点に立ち返れたという。

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posted by セキ マナブ at 06:41| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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